2012年02月24日

忘れられないものを

どうもこんばんは。陸です。お久しぶりです。
近頃は5月に行なわれる寶船春公演の演出のことばかり頭の中で脳内再生して、向こう側まで行ってしまって、半ば変態にも近いような心持ちで振り付けを考え、稽古に向かったと思ったら、毎日毎日が言うなれば戦いであって、非常に緊張感を持った毎日を過ごしておりますのでありますのである。
一日に25時間くらい演出のこと考えているほどに寶船漬けの毎日であります。詰まるところ、充実しているという言い方も出来るかもしれません。

そんな傍ら、僕は最近様々な事に興味を持ち始めたとも思うのです。言うなれば勉強意欲が旺盛であるというかなんというか。とにかく僕は色んな事を知りたくて仕方がありません。
宇宙の事、数学の事、恐竜の事、日本史、等々枠に囚われず様々な事を吸収していきたいと本気で思います。大事なのは、いかに無駄であるか。生活を送る上で必要ない知識であればあるほど興奮します。
そんな意味でキングオブ勉強家とも言える、荒俣宏さんの「アラマタ大事典」なる本を買って読んでるっつう話ですよ。米澤陸は。

なんかわかんないけど、僕は子供の頃から記憶力がいいのではないかと、自分の能力を過信しているところはあるんです、はい。だからなんか昔から何かと暗記する事が好きだったような感じがしていて、何か自分の中に知識を取り込んでいってる感じが快感で、ポケモンで言うところの、カメールからカメックスに進化したような嬉しさがあるんですね、おす。(誰も共感してくれないか、、)

僕が思うに、記憶力に大事なのは“覚える能力”よりも“忘れない能力”のほうが大切なんだと思うんですよ。
そういった意味で考えると曲作りでも、“すぐに覚えられる歌”なんかより“忘れられない歌”であることを重んじるべきだし、そのほうがレベルが上だと思います。“忘れられない歌”というのはただ“いい曲”なだけではなく、何かがそこにあるんだと思います。その“何か”を僕たちは求めるべきものなのではないでしょうか。この事は振り付けにおいても何においても言えることです。

「すぐに覚えられるものよりも、忘れられないものを。」

この言葉を合言葉にこれからものづくりに励みたいと思う陸でした。

終わり。
posted by 創作舞踊集団 寶船 at 00:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 米澤 陸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月23日

一心不乱にいけ!

わたるです。
今日は、「楽しい」と「辛い」について。


「楽しいとき」は我を忘れているので、終わってからじゃないと気が付かない。夢中になってるから。「時間を忘れてあっという間に終わっちゃった!」と、終わってから気が付くのが「楽しい」って感覚だと思う。

でも、「辛いとき」は違う。
「疲れた」や「痛い」や「イライラする」などの、実感できる辛さがはっきりと感じとれる。
だから、辛さはタイムリーな感情。いつでも、その場で起きている不満なことは「辛いこと」に変換されてしまう。

だから、「辛い」の反対は「楽しい」じゃないかもしれない。

毎日の生活の中で、一見辛い出来事の方が多く感じることはよくある。でも当たり前で、時間を忘れて、最後に一瞬振り返る「楽しい」よりも、常に感じてる「辛さ」はたくさんあるように感じるのだ。

だから、「辛いことばっかり。楽しいことなんてない。」なんて言うなよな。そもそも比べられないんだから。「辛い・辛い・辛い」の時間が、振り返ったら「楽しかったなぁ」と思うことだってよくある。だから楽しいは深いんだよな。だから面白い。

キラキラした一瞬が最後にあればハッピーエンド。今の「辛い」はすべて吹き飛ぶよ。


楽しいかどうかを今この瞬間考えてもどうせわかんない。
だから我を忘れて行こうぜ。

一心不乱。



わたるでした。


P.S.
最近芸名が欲しいなぁと思っているんですが、僕に合う芸名を思いついた方、連絡ください!
info@takarabune.org
posted by 創作舞踊集団 寶船 at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 米澤 渉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月09日

「大好き」は「わからない」

わたるです。

最近フォーが好きです。
さて今日は、自分の好きや嫌いは、案外当てにならないというお話。


「嫌い」なことと「わからない」ことは似て非なるものであるが、一見同じに見える。
大人になれば、経験に元ずいて見分けが少しづづ出来てくるが、それでも難しい。

しかし、多くの「大好き」の入口は、「わからない」ことがある。

例えば。
ここ最近、仕事場近くのベトナム料理屋に頻繁に行く。日本のチェーン店にはないような味が楽しめて好きだ。
でも、最初、パクチーの美味しさがわからなかった。「入ってなければもっと美味しいのに」とよけて残していたが、全メニューにこんもり入っているのでしかたなく"通"ぶって頑張って食べてたら、いつのまにかパクチーがないと物足りなくなった。それから、むしろパクチーが味わいたくてお店に足を運ぶようになった。独特の香りがクセになって美味い。

このように、「好き」の入口は「わからない」ことが多い。

ジミ・ヘンドリックスやマイルス・デイビス、ゴーギャンや岡本太郎、そしてもちろん阿波踊りだって、大好きの入口は「わからない」ことばかり。

でも、同じように見えるからといって「嫌い」と思っていたらどうだろう。ココロの扉を閉じて、大好きには出会えなかった。

大好きになるものは、自分に新しい感覚を教えてくれるものである。その感覚が自分の一部になり欠かせないものとなった時、大好きに変身する。
でも、新しい感覚は自分に受け止める前例がないので、わからない。なんじゃこりゃ!?である。

岡本太郎が、「美しいものは、なんだこれは!!と感じるものだ」と言っていた。

新しい感覚にたくさん触れて人のココロは豊かになっていく。
簡単に「嫌い」や「無理」や「ないわー」と言ってると、大好きも見つからないよ。


好きと嫌いは案外当てにならないというお話でした。

わたる
posted by 創作舞踊集団 寶船 at 13:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 米澤 渉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月08日

★お知らせ★

皆さんこんにちは!
通常は夏季に盛んな阿波踊りですが、私達寶船は冬も頑張っております!

今度の日曜日に、入場無料のミニワンマンを開催いたします。
小さな会場で通常よりも短い公演ですが、気軽な気持ちでご覧になれる為、休日のお出かけに最適ですよ!
皆さんぜひお越しください!

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■2012/02/12(日)
寶船 ミニワンマン!

会場:シモキタ オープンイノベーション
料金:無料
開場/開演:14:30 / 15:00
アクセス:小田急小田急線 京王井の頭線 下北沢駅

シモキタ オープンイノベーション
http://www.shimokita-openinnovation.com/index.html
〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-37-17
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そして毎回好評いただいている阿波踊りエンターテイメントの真骨頂、寶船のワンマン公演が決定いたしました!

今回もすごくいいステージが完成しそうです。ぜひご予約お願いします。

詳しくは特設サイトをご覧ください。
http://takarabune.org/2012spring.html

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寶船2012年春公演 2days
「安らかなる選択」

■日時
2012/05/19(土)初日
2012/05/20(日)二日目

■会場
SARAVAH(サラヴァ)東京
http://www.saravah.jp/tokyo/
〒150-0046 東京都渋谷区松濤1丁目29-1 渋谷クロスロードビル B1

■開場/開演
*2012/05/19・初日 18:30 / 19:00(夜・ソワレ公演)
*2012/05/20・二日目 11:30 / 12:00(昼・マチネ公演)

■料金
2000円(1ドリンクサービス付)
*お子様連れのお客様、小学生以下1000円・3歳以下のお子様無料

■アクセス JR線渋谷駅・東京メトロ渋谷駅・井の頭線渋谷駅

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2/12と春公演のチケットのご予約は、オフィシャルサイトからでも、下記のメールでもどちらでも受け付けております。

会場でお会いできるのを楽しみにしております!


創作舞踊集団 寶船

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何かお気付きの点がありましたらどうぞご連絡ください。
E-mail info@takarabune.org

■寶船オフィシャルサイト■
http://takarabune.org/

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posted by 創作舞踊集団 寶船 at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月07日

この世の鬼

こんばんは。としひで です。

今日は少しこわい鬼の話し。

最近の世の中は複雑で、組織などの社会システムにもきしみがあちこちで見られ、人の気持ちにも余裕がなくなってきたのだろうか、驚くようなひどい話を聞くことが少なくない。ぞっとするようなこわい出来事に巻き込まれたり、こわい仕打ちを受けたりしたという人の話を聞くと、この世に鬼というのはいるのかもしれないと思えてきたりしてしまう。

特に、それまで知っていると思っていた人が「鬼のような仕打ち」の仕掛け人として浮かび上がってくる図式に出会うと、その予感自体があまりにショックで、体中に震えが走る。そんな時は、相手が鬼だと思えば混乱した頭の整理もとりあえずつくし、ひどい仕打ちに理屈が通るし、傷ついた気持ちから出た怒りを向ける相手もはっきりする。

確かに、起こっている現象だけを見て、さらに被害者という人の話を聞くと、鬼の仕業に思えてくるのだが、その一方で、自分と話をしてきた生身の人間が、鬼だった、または鬼になった、というのは、簡単には信じがたくもある。

これは、その相手をかばうとかひいきするとかの話しではない。自分が付き合ってきた人が本気で意識的に心底邪悪になりうる、ということを受け入れると、何か自分の心の底の土台が崩れてしまう気がする。そんな重大なことは、間違えようのない確固たる確信を自分自身で得るまでは簡単には受け入れることはできない、ということだ。

だから、そうした鬼の出現の話しを聞いたとき、できるだけ別の角度から見たり、思い切って当の「鬼」の側の話を聞いたりしてみるようにしている。すると不思議なもので、あれだけはっきり見えていたはずの「鬼」が見えなくなったりする。

やはり人が積極的に邪悪になって根っこから鬼になっていたわけではなかった。それがわかるとホッとする。

しかし、話を聞いていき、どうやって「鬼の仕打ち」が起こってしまったのかがわかってくると、それも相当難しく、切ない。

元々はほんの少しのすれ違いや違和感だったものが、幾重にも重なっていく内に、抜き差しならない対立や橋渡しのしようがない亀裂になってしまう。当の本人たちも、よくないなあと思いながら、蟻地獄の穴に滑り落ちていくようになすすべもなく救いようのない状況に陥っていくのだろう。

鬼の仕打ちを受けている人にとっては、「鬼」はリアルに感じられて、実際に「鬼」に対峙しているのだろう。だから、「鬼」を見ている人が幻を見ている、見方が悪い、などというつもりはない。ぼく自身も、自分がそうした状況の当事者になったときには、鬼を感じたことがある。

ただ、鬼というのは関係性の中に生まれてくるもの、誰かに対してわいてくるもので、ある人が本質的に鬼だということではないように思う。「鬼」を生む要因は双方にあるのだろう。それを返せば、双方がつとめることで「鬼」の出現を防ぐこともできるのかもしれない。

おもしろいことに、これは「いい人」「かけがえのない人」にも全く同じことが言える。絶対的に「いい人」、本質的に「かけがえのない人」がいるのではなく、人と人の関係の中に、お互いにとっての「いい人」「かけがえのない人」が生まれてくるのだ。だから、ある人が一方的に「いい人」や「かけがえのない人」になったりはできない。それは、相手に望まれ、喜ばれ、幸せを与える中で生まれ維持されていくもの。

「鬼」という存在がつかみにくいのも、「いい人」というのが特定しにくいのも、それらの本質が人と人の間の関係の中でダイナミックに形を変えていくものだからなのだろう。

そんなわけで、今日は少し重い鬼の話しでした。(鬼が重いのではなくて、重いのは話しです、ちなみに)

としひで
posted by 創作舞踊集団 寶船 at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 中山 俊秀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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