2012年02月09日

「大好き」は「わからない」

わたるです。

最近フォーが好きです。
さて今日は、自分の好きや嫌いは、案外当てにならないというお話。


「嫌い」なことと「わからない」ことは似て非なるものであるが、一見同じに見える。
大人になれば、経験に元ずいて見分けが少しづづ出来てくるが、それでも難しい。

しかし、多くの「大好き」の入口は、「わからない」ことがある。

例えば。
ここ最近、仕事場近くのベトナム料理屋に頻繁に行く。日本のチェーン店にはないような味が楽しめて好きだ。
でも、最初、パクチーの美味しさがわからなかった。「入ってなければもっと美味しいのに」とよけて残していたが、全メニューにこんもり入っているのでしかたなく"通"ぶって頑張って食べてたら、いつのまにかパクチーがないと物足りなくなった。それから、むしろパクチーが味わいたくてお店に足を運ぶようになった。独特の香りがクセになって美味い。

このように、「好き」の入口は「わからない」ことが多い。

ジミ・ヘンドリックスやマイルス・デイビス、ゴーギャンや岡本太郎、そしてもちろん阿波踊りだって、大好きの入口は「わからない」ことばかり。

でも、同じように見えるからといって「嫌い」と思っていたらどうだろう。ココロの扉を閉じて、大好きには出会えなかった。

大好きになるものは、自分に新しい感覚を教えてくれるものである。その感覚が自分の一部になり欠かせないものとなった時、大好きに変身する。
でも、新しい感覚は自分に受け止める前例がないので、わからない。なんじゃこりゃ!?である。

岡本太郎が、「美しいものは、なんだこれは!!と感じるものだ」と言っていた。

新しい感覚にたくさん触れて人のココロは豊かになっていく。
簡単に「嫌い」や「無理」や「ないわー」と言ってると、大好きも見つからないよ。


好きと嫌いは案外当てにならないというお話でした。

わたる
posted by 創作舞踊集団 寶船 at 13:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 米澤 渉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> 簡単に「嫌い」や「無理」や「ないわー」と言ってると

まったくその通り、大共感!!!
Posted by よし at 2012年02月21日 12:35
よしさん、コメントありがとうございます!

たくさんの新しい感覚に触れて、感性の豊かな人になりたいですよね。
世界は広いですし、自分に殻を作らず様々な大好きに出会えるように大きな気持ちで楽しんでいきましょう!

これからも、ぜひまたこのブログにお立ち寄りください!
今後ともよろしくお願いします。

Posted by わたる at 2012年02月21日 22:52
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