2012年03月06日

ムーブメント

こんばんは、としひで です。

ご無沙汰しました。前回の投稿から一ヶ月ほどあいてしまいました。

2月の前半は、仕事上でも詰まっていて、そのせいもあってか体調も優れず、インフルエンザ感染こそ逃れたものの、風邪っぽいものがこじれて長引くやらぶり返すやらで、どうにもなりませんでした。下旬はアメリカに出張に行き、そのあと間髪入れずに会議やらシンポジウムやらで、ばたばた。

アメリカの出張は南カリフォルニアのサンタバーバラというところに行ってきました。

雰囲気を少しお裾分け:
IMG_0335.jpgサンタバーバラ空港

IMG_0313.jpgカリフォルニア大学サンタバーバラ校のキャンパス

大学院の時の恩師たちに会って一緒に研究をするプロジェクトの相談をしてきました。毎日いろんな人とじっくり話をしたので、ゆっくりとビーチを歩くこともできませんでしたが、春先のような陽気の古巣に戻るのはよかったです。

さてさて、寶船は今、春ワンマンに向けて稽古を重ねています。やはり、目標に向かってみんなでがんばっているときには特に寶船が持つムーブメントを作る力・可能性にワクワクします。そこで、今日はムーブメントについて。

ムーブメントというのは、ビジョンははっきりさせ、明確に伝えていくことで起きていく。ただ、世の中をでっかく変えるムーブメントは、直接手を下して起こすことは難しい。

大きな雪崩を直接手を下して起こすことが難しいのと同じこと。
直接手を下せるのは、あくまで自分の手が届く小さな範囲の動き。

実際の手で作った小さな一握りの雪玉が結果として大きな雪崩を起こすことはある。それは現実の物理的連鎖が重なって起こる物理現象で、魔法でも奇跡でもない。けれども、こうした連鎖は方向性も規模もコントロールできない。

同じように、一つの活動が一握りの人たちにもたらす影響が、連鎖によって結果的に大規模な社会的変革に繋がることもある。だが、やはり、その方向性も規模もコントロールはできない。ドミノ倒しのように、直接手を下すのは最初のドミノをコツンと倒すだけで、後はそれが広がっていくのを見るだけ。

だから、社会的なムーブメントについては、最終形態にこだわることはあまり意味がない。

ムーブメントを起こしてやろうとどれだけ意気込んでも、実際にやっていけるのは、周りにあるチャンスを活かしながら、特定の小規模のグループに向けた具体的な働きかけを繰り返して行くことのみ。

活動の結果が大規模なムーブメントに結びついた時は、逆に気をつけどころ。活動の形態を大規模にする要請が高まり、イベントならばより大きなホールで何千・何万の大聴衆を相手にやってくれと言われたりするかもしれない。でも、そうなると、伝達がうわずり、活動の生身のインパクトはかなり低下するような気がする。社会的インパクトは高まるように見えるが、それはマスコミなどが騒ぎ立てるからであって、個々の人への心のインパクトは落ちる。

メッセージのインパクトを保つためには、「生の伝達」が感じられる、ローカルで小規模な活動を重ねていくことが大切。

今日は、ムーブメントについて考えてみました。

としひで
posted by 創作舞踊集団 寶船 at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 中山 俊秀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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