2012年03月27日

偶然の出会い

どうも、わたるです。
今日は、偶然の出会いについて。


インターネットの普及や様々なサービスによって、手軽に欲しい情報を手に入れることが出来るようになった。音楽、動画、有名人の日常や専門的な知識まで、検索一発で知ることが出来る。
好きなものを好きな時間に手にすることは、人の興味を広げ、生活の効率を上げた。

しかしその反面、偶然の出会いは減った。

たとえば、映画。
僕の子供のころ、映画館に行くことは数ヶ月に一回のレジャーといった感覚で、ディズニーランドのような楽しみだった。今では前より頻繁に行くようになったけれども、未だにそわそわして落ち着かないようなワクワクがある。
レンタルDVDやYouTubeなどのサービスがほとんどない時代。映画館にあまり行けない僕の“映画”といえば、主に午後のロードショーだった。

夜9時。家族が集まって、部屋を暗くしてロードショーを見る。こんなシンプルなことがすごく楽しかった。

ロードショーのいいところは、いい作品も興味のない作品も選ばずに見ていたことだと思う。レンタルでは一生自分で借りないような作品もたくさん見た。自分が好きかどうかではなく、やっているから見る、そして家族と感想を話し合う。そんな体験の中に偶然の出会いはたくさんあった。

当時は淀川長冶さんなどの映画解説が初めと終わりについていて、“映画の見方”みたいなものを自然と学んだ。
「プラトーン」という戦争映画の解説で淀川さんが、「ヘリコプターが飛ぶシーンがすばらしい!強い風を受けて辺りの草が揺れ砂煙が舞う。その一瞬に、死体に掛かっていた布がわずかにひるがえり、死んだ兵士の顔がさり気なく映る。そこのカメラワークの見事なこと!」と解説されていたことが今でも強く印象に残っている。
そのワンカットで戦争の悲惨さや、正義とは何なのだろうという問題提議が表現されていて実に見事だ!というような解説を、あの優しい語り口でされていた。

ストーリーだけを流すように見ていたとき、“面白さの裏”にある作り手のさり気ないこだわりやディテールの見事さを教えてくれたのはそんな数々の偶然出会った映画だった。名作・駄作・奇作、今でも面白いのかわからないようなものまでたくさん出会った。でも、どれも楽しかったなぁ。

人は無駄をしたくない。失敗をしたくない。
だからなるべく失敗をしないような社会になっている。
見たいものだけレンタルやダウンロードできるのだから、時間を拘束されることもないし、途中にCMが入ることもない。失敗が怖いなら、ネットで他人の評判を見ることもできるぞ!!なんて便利!!

でも、偶然の出会いは少なくなってしまった。
知らない作品を予備知識もなくフラットな気持ちで見てたら、めちゃくちゃ面白かった!という体験が少なくなった。好きな音楽も、ダウンロードやレンタル。偶然つけたラジオに耳を奪われた!という、手にする前に出会ってしまう経験はあまりない。選んで手にする時点で、何らかの興味があるものなのだから。

人が、心底うれしい瞬間ってどんな時だろうか。
本当に湧き上がるような喜びは、いい作品を楽しんでいるときよりも、いい作品に出会った瞬間ではないかな。
出会った瞬間に自分が広がる。つまらないことも面白い。出会うことがLIVEなんだと思う。

YouTubeで、どんなアーティストを探せても、出会うんじゃなくて探しているからなんとなく感動が薄い。出会って恋愛をするんじゃなくて、好みのタイプを入力して相手を探す出会い系みたいな感覚。

思い出してみると、小学校の席替えも自由な席で友達と隣になるより、くじ引きで決めて、仲良くない奴と隣になった方がずっと楽しかったな。みんなもそうじゃない?

偶然の出会いが自分を広げる。偶然の出会いが何より楽しい。
今日はそんな、「偶然の出会い」についてでした。
最後まで読んでくれてありがとう。またすぐ書きます。


わたる
posted by 創作舞踊集団 寶船 at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 米澤 渉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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