2012年08月21日

阿波踊りの可能性 3

渉です。
下北沢阿波踊りが無事終わりました。
応援してくれた皆さん、ありがとうございました。あの空間は、一緒に作り上げた奇跡だと思います。

さて、今日も引き続き阿波踊りの可能性について書きます。
前回は、世阿弥の感動を与える芸の心得「新しきこと、珍しきこと、面白きこと」について触れました。

今日もそれに近いお話ですが、今回は芸の内容というより僕ら自身、アーティストとしての心得を考えたいと思います。

僕は、音楽をやっていた時にレコード会社の人から、素晴らしいアーティストの条件として「3ティー」を持つことが大事だと教えられました。
3ティーとは、「ポピュラリティー、オリジナリティー、アイデンティティー」のことです。
これは、どんな芸能でも当てはまる重要な要素ですよね。素人の私たちにも実にわかりやすく演者の大切な要素を押さえていると思ったので、それ以来寶船でも口酸っぱく3ティーの話をするようになりました。

まず、「ポピュラリティー」。
つまり大衆性でしょうか。
簡単に言えば、第三者の人々が見たときに心を掴める芸であるかということですね。
これがなければ芸能として、ましてやエンターテイメントとして評価されないということになります。もちろん芸風によってどの位の共感を与え、どの程度の評価を求めるのかには差がありますが、全くポピュラリティーがないということは誰からも相手にされないということで、それこそ芸自体に何らかの問題があるのではないでしょうか。
よく「ゴッホは生前、一枚も絵が売れなかった」と言う人もいますが、時代やタイミングの違いで残念ながら生前は評価されなかったのであって、死後の評価のされ方を見るとポピュラリティーの塊ということがわかります。

しかし、芸能とは興味深いことに、ポピュラリティーを得ることが目的であっても、大衆を掴めるわけではありません。大衆性は現代ではどうしても、ビジネスとしての成功や、単に人気になればいいという安易な印象を感じる場合もあるからです。そこにアーティストとしての信念を感じられる上で、高い大衆性を放つものが本当に極上のポピュラリティーといえます。
また、100人いたら100人とも「よかった」と言うものが高いポピュラリティーを持つかというと、それも全く違います。なぜかというと、本当のポピュラリティーとは、必ずパラダイムシフト(固定概念の変革)を与えるからです。大衆の多くが「いい」というものは、その時代の中で「いいとされているもの」で、そこに衝撃はあまりありません。人は作品に共感を求めますが、本当に本能として求めているのは共感ではなく驚異なのです。ビートルズしかり、ジミヘンしかり、最近ではレディ・ガガなどもまさしくパラダイムシフトですよね。岡本太郎は、「なんだこれは!」というものが人を惹きつけると言っていました。これもポピュラリティーの本質を的確に言い当てていると思います。

次に「オリジナリティー」。
これは、独自性ですね。
自分を表現することとも言えます。
どんな芸能でも、初めたばかりの頃は、さも「いい音楽」や「いい芸」というものが存在していて、それを真似すればいい芸能に近付いていると思いがちです。しかし、すでに成功している人の表面を真似すればするほど、「あれ?俺はあの人にはなれないや」と気が付くものです。そして、やっと自分の表現ってなんだろうと考えはじめます (僕もそうでした)。
スタイルとして「いい芸」というものが存在するわけではありません。演者の人間性や個性が垣間見れるものが「いい芸」と呼ばれているにすぎないのです。
前回の「珍しきもの」でも触れたように、人は同じようなものが並んでいても手に取ろうとは思いません。そこで重要なのが「自分らしさ」です。大前提として、人間は一人ひとり皆違います。自分の強みは何かを明確にし、そこを押し出していくことが大事なのです。
長所は短所のすぐ近くにあるといいます。コンプレックスが最大の武器になるともいわれます。自分の持つ魅力を広げていき、貫いた時、他の誰にも出来ない唯一無二の芸能が確立するのです。
つまり、芸能におけるオリジナリティーとは、「俺はこういう人間だ!」ということを突き詰めることなのかもしれません。そしてクリエイティブの本質は、この自分の人間性をぶつけていくことだろうと思います。

このポピュラリティーとオリジナリティーのバランスは、どちらか一つに偏っても成り立たないものです。ポピュラリティーも突き詰めればオリジナリティーの問題にぶつかり、逆もまたしかりです。

そして最後に「アイデンティティー」。
自己同一性とも言います。
簡単に言えば、そこに自分の存在意義があるかですね。
ポピュラリティーとオリジナリティーを模索し自分の芸に評価が出てくると、最終的に、社会における自分の表現の価値などを考えるようになると思います。
芸能としてのオリジナリティーではなく、もっとその根本の存在意義、他者の中で自分の価値はどこにあるのだろうかという問いですね。
「何の為にやっているのか」。
この模索がアイデンティティーの確立へのモラトリアムではないでしょうか。
人間は一人では生きられず、互いに影響し合って存在しています。その他者に出会う中で「自分は誰か」を確かめ、その後自分の出来るベストな役割を見つけていくのです。
ですから、「今自分がこの芸をやる意味はなんだろう」と、演者は常に考える必要があるのです。
アイデンティティーがぶれないアーティストは、仮に芸のジャンルを変えて表現内容を全く違うものにしても、「あ、確かにこの人らしいな」と思えるものです。作品の方向性を毎回180度変えても、長いキャリアを全て見てみると、「なるほど、最初から同じことを続けてたんだ」と思えるアーティストもいますよね。それがアイデンティティーだと思います。
社会の中で、なぜこの表現をしてるかがぶれない。それが優れたアーティストに必要なのでしょう。

以上、僕なりに演者に必要な要素、3ティー(ポピュラリティー、オリジナリティー、アイデンティティー)について考えてみました。
3ティーと向き合い、より素晴らしい阿波踊りを模索して行きましょうね、!


わたる






posted by 創作舞踊集団 寶船 at 02:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 米澤 渉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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