2012年09月11日

踊りかけられたら踊り返せ

お久しぶりです。としひで です。

まだまだ暑い日が続いていますが、阿波踊り大会は終わって、秋祭りがあちらこちらで行われ、季節の移り変わりが感じられるようになってきましたね。

夏に参加するのは今年で2回目。今年の夏も仕事の関係で私は始めと終わりにしか参加できませんでしたが、その少ない参加大会の中では精一杯踊り、叩きました。技術的にはまだまだド素人ですが、それでも素人なりに踊りも太鼓も自分に体になじんできた気がします。

さて、このブログに投稿するのもずいぶんと久しぶりになってしまいましたが、今日は夏の踊りの中で思ったことを書いておこうと思います。

やや欠け月


祭りでの踊りの意義は形を見せることにあるわけではない。その場で身体を削りながら命を燃やすこと、しかも、皆と共に人と人との間で燃やすことにその意味がある。

作り出される形はその命のほとばしり。それは美しいが、その美しさの本当の深みは、自分で命を燃やしたことがある人、燃やそうとしている人にしか見えない。

我々は皆違った踊り方で命を燃やそうとしている。自分なりのやり方で生きようとしている。
そして、そこで生み出された形は植物が吐き出す酸素のようにこの世の新たな生命活動に命を与える。

ただ見物に徹するのは、ただ酸素の消費に徹するのと同じで、生み出された命の元の消費でしかない。

踊り掛けられたら踊り返せ。自分を放り出して命を燃やせ。生命を生み出す活動に加われ。

そんなことを思いながら僕は踊っている。

としひで でした。
posted by 創作舞踊集団 寶船 at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 中山 俊秀 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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